七咲逢について考えている事/『七咲逢は2度ヘンシンする』

 

もうずっと七咲逢さんの事を考えています。みんなもそうだと思う。

 

七咲逢さんは、ご存じ、恋愛シミュレーションゲームアマガミ』およびそのアニメ化作品『アマガミSS』、『アマガミSS+』のヒロインの一人です。ここではアニメの方、それも+が付かない方におよそ限定した話をします。ネタバレを含むので観ていない人は先にアニメを観てください。観ている人も観ましょう。何回観てもいいものです。

 

さて、私はこの『アマガミSS』というアニメがとても好きなんですが、七咲編はとりわけパンチの効いたイベントが連発され、終わる頃にはだいたい「七咲可愛い……」「ふたりとも幸せにな……」しか言えなくなっています。それはそれでよいんですが、まあやはり一度くらいは、七咲編で何が起こっているのかを考えておきたいとも思うのです。そういう事でこれをしたためています。

 

アマガミSS』で何が起こっているか、という問いに答えるのは大枠では簡単で、主人公の橘純一くんが可愛い女の子と出会い、2年前の手ひどい失恋から立ち直って、最終的に彼女と恋仲になる。これが6+1回、ヒロインを変えて繰り返されます。ただしこれは橘君から見ての話です。

 

あたりまえですけれど、彼女たちは橘君の傷心を癒すための単なる慰撫装置ではなく、歴とした『キャラクター』で、彼女たち自身の物語を持っています。橘君がヒロインと出会って救われたように、彼女たちも何らかの形で救われる。『救われる』と言うとまあ、ちょっと大仰ですが、この年齢で誰かとつきあうというのは何かしら自己の変革を伴うものではありましょう。では彼女たちはどう変わったのか。

 

ところで橘君が6+1通りの救われ方をするのと同様、ヒロイン達も別に橘君でなければ救えない訳ではないんですね。この辺がアマガミ作劇の面白いところであり真摯なところなんですが、これはどちらかというとゲーム版で顕著な要素ですので今回は深入りしません。

 

さてヒロイン達はそれぞれ色々な救われ方をします。たとえば箱入り娘の中多紗江さんは、極度に引っ込み思案で男性に免疫がありませんでした。しかし橘君との出会いをきっかけとして徐々に社交性・積極性を発揮していき、最終的には制服に憧れていた喫茶店でバイトをしたり、学園祭のカップル・コンテストに挑んだりと目覚ましい成長を遂げます。では七咲さんはどう変わったのか。どう救われたのか。

 

前置きが長くなりましたが、これはそういう話です。ではまず、七咲編で起こったことを見ていきましょう。

 

 * * * * * *

 

13話:サイアク

・公園にて七咲と出会う。痴漢呼ばわりされる。

・体育館裏にて七咲と再び会う。妹の友人であることを知る。

・「見たいんですよね? スカートの中」などと煽られ、見る。

・夕飯の買い出しの荷物持ちを仰せつかる。

・福引きで商品券を当て、海岸でふたり、大判焼きを食べる。

 

サイアクとはなんだったのでしょうか。ともあれふたりが出会います。七咲が初っぱなから飛ばしており、これで視聴者は頭をガツンとやられて思考停止してしまうわけですが、さすがに誰に対してもこういうキャラではないと思う。友人(美也)の兄であるというのがポイントだったのでしょう。いやまあそれでもこうはならんとは思いますので、たぶん美也が日頃から兄のことを色々と面白おかしく話していたんでしょう。それならまあわかる……いや、そんなことはないな。

 

……そんなことはありませんでした。少なくとも七咲編の時空では、美也は「お兄さんってどんな人?」と急に尋ねられた、と言ってます。てことは、少なくとも明示的には情報共有されていない。え、じゃあ本当の初対面であの対応なのか七咲。どうなっているんだ七咲。



14話:トキメキ

・図書室で騒いでいたため七咲に叱られる。

・七咲に数学を教える事になる。

・最近弟が言うことを聞いてくれない、という相談を受ける。

・「子供っぽい先輩なら判るかと思いまして」

・担任の美人女性教師に叱られまんざらでもない気持ちになり、同時に七咲弟の問題について天啓を得る。

・七咲に伝えようとするが、同席していた中多さんの胸に圧倒され余計なことを言う。七咲は怒ってどこかに行ってしまう。

・女子水泳部の練習を覗き、あえて捕まって叱られる。競泳水着に押さえつけられた控えめな胸のすばらしさを水泳部全員の前で力説して七咲に許される。

・海岸にて。イナゴマスク変身ベルトを七咲から貰う。弟へのプレゼントだったが突っ返されたとのこと。

・変身ベルトの遊び方を指南し二人で遊ぶ。ベルトは寄ってきた子供にあげる。

 

早くも箇条書きが困難に。イベント盛りだくさんです。

図書館で七咲に怒られ、ぼーっとしていて先生に怒られ、ひいては水泳部の練習を覗いて女子部員全員に怒られで、とにかく怒られる橘君。しかしそのたびに大きなプラスを得ています。なんなら最後は自分から怒られに行って、謎の特大のプラスを掴み取る。すごい。

 

ともあれ七咲と少しずつ親しくなっていきます。数学の追試がある、という外面的な問題とそれへの助力をきっかけに、弟との関係で悩んでいる、というより内面的な問題へと誘導されます。こうしてみると、二人の距離がちゃんと段階を踏んで近づいていることがわかります。プール覗きのシーンは、うん、なんだろう。よくわかりません。

 

七咲が変身ベルトを贈ろうとしたとき、橘はちょっと嫌そうな反応を見せます。流石に変身ベルト貰って喜ぶ歳でもないよな、と思うのだけれども、そのすぐ後で変身ポーズを完璧に実演してみせるあたりかなりの特撮ファンだ。なんで素直に受け取ろうとしなかったんだろう。弟に遠慮したのかしら。……それとも、もう持ってたのか?



15話:ヘンシン

・遊園地無料チケットをゲット。七咲と弟を誘ったが、待ち合わせに現れたのは七咲だけ。

・弟は風邪を引いた……らしい。

・ファラオによる千年王国の呪いで七咲が味噌ラーメンになる。

・出会いの公園にてブランコに特殊ふたり乗り。キスされる。

・後日、七咲と帰ろうと放課後のプールに向かうと、塚原と言い争っている七咲を見つける。

・逃げる七咲を追いかけプールに飛び込む。泣く七咲。大会のレギュラーに選ばれなかった。

・帰路、落ち着いた七咲から創設祭で水泳部の屋台を手伝ってくれないか、と言われる。

 

急激に距離が縮まり、遊園地デートです。弟の存在がエクスキューズになり、しかしその弟が排除されることで成立しました。ここもちゃんとしている。

 

この遊園地前のシーケンスはたいへんによく、弟の姿が見えないがと尋ねた橘君に対しての「そのぅ……風邪です」はもう、おまえもう、という感じでたまりません。でもひとつ前の14話ラスト付近で、寝ている郁夫君が掛け布団を蹴飛ばしているのを、「風邪引いちゃうよ」と七咲が直してあげるシーンがあるので、風邪じゃないとは決して言い切れない。あなどれない。

 

もう少し遊園地前の話をしましょう。遊園地イベントは中多紗江さんのルートでも出てきます。そこでは遊園地デートの帰り際に、やっとふたりは手を繋ぐことができるようになる。一方の七咲は、入場時点でもう手を握ってしまう。キャラクターごとのペースの違いが、非常にわかりやすく示されるシーンです(※だが下の名前で呼ばせるのは中多さんの方が早いのだ)。アマガミはそもそもヒロインを変えながら(ほぼ)同じ時期を6回繰り返すお話ですが、さらにヒロインによっては類似のイベントを共有している場合があり、その描かれ方の差異はアマガミの醍醐味のひとつでしょう。

 

というわけで非常に面白い遊園地前シーケンスでした。その後、遊園地の中では七咲が味噌ラーメンになります。うん、なんだろう。よくわかりません。わからなくていいと思う。ヒロインが味噌ラーメンになるアニメ。

 

16話:コクハク

・創設祭、七咲とふたりでおでん屋台を営む。

・山奥の露天温泉で告白。

・エピローグ 海岸で膝枕。

 

女子水泳部の出し物であるおでん屋台を、なぜか七咲と橘君のふたりだけで切り盛りします。おかしいですね。さておき、二人の前に登場人物たちが次々と顔を見せ、ああラストエピソードなんだなという感慨があります。

 

その後、ふたりだけになってからの展開については、前15話のラストでもう七咲はその気だったので、単に実行が先延ばしになっていただけとも言えます。ただ、あのイベントの直後ではなく、ちゃんと時間をおいたうえでの選択であるというのは大事かもしれませんね。

 

ともあれ、おめでとう。二人とも幸せにな……。

 

 * * * * * *

 

……意識を持っていかれそうになりましたが、帰ってきました。

 

改めて橘君と七咲さんの恋路をたどりますと、意外にもちゃんと段階を踏んでいることがわかりました。図書館ではまず数学を教えるという形をとり、それをきっかけに弟の話に移ります。遊園地デートも、弟のことがあるので橘君は誘いやすく、また弟が風邪を引いたために『急遽』ふたりきりになりました。ブランコでのキスだって、その前にラーメンになって指にキスされている。七咲から急にキスしてきた、という風に見えるけれど、呪いであれ幻覚であれ先に橘君からキスをしてるという実績があります。私はアマガミSSのこういう丁寧なところが好きです。プール覗き謝罪シーン? あれはよくわかりません。

 

こうやってふたりは親しくなり、結ばれました。では、これは七咲さんにとってどういう意味を持っていたのでしょう。彼女の何が変わったのでしょう。

 

ここで興味深いサブタイトルがあります。それが15話の「ヘンシン」です。15話で七咲は味噌ラーメンに変身するわけですが、それはひとまずおいて、七咲編において変身と言えばそのひとつ前の回、14話でのイナゴマスクへの変身ベルトがまず思い出されます。

 

変身ベルトは、もともと弟(郁夫)へプレゼントするつもりのものでした。それが突っ返されたので、七咲は今度はこれを橘君に贈ろうとする。ところがさらにもうひと捻りがあって、最終的にそれを身につけ、変身するのは七咲の方です。これは非常に重要なところなので細かく見ていきましょう。

 

まずは表面的なところから。七咲はこのところ弟とうまくいっておらず、変身ベルトは関係の改善をはかったお詫びのプレゼントでした。しかしこのベルトは去年のものだった。これは最近、七咲と弟のコミュニケーションが希薄であったことを裏書きしています。それと同時に、七咲の焼く世話が、実は相手をちゃんと見ていない、身勝手なものになる場合があることも示唆されています。弟はこの贈り物を拒みます。橘君の見立てによれば、郁夫は姉に構ってほしくてわがままを言っていたわけで、そこでおざなりな(と彼からは見える)プレゼントをもらっても逆効果でしょう。想像するしかありませんが、結構なひと悶着があったかもしれません。ともかくベルトは拒絶された。すると七咲は、このベルトを今度は橘君に贈ろうとします。「先輩なら喜んでくれるかと思いまして」と見込んでのことですが、しかしこれも空回りします。視聴者にも事情はわかりませんが、橘君もベルトを受け取ろうとはしません。

 

13話(1話目)の七咲は、橘君との関わり方こそアレでしたが、水泳部期待の一年であり、家事もし、ボランティア活動なんかもにおわせ、橘君も思わず「七咲はすごいよなあ」と言ってしまう、年下ながらすごくしっかりした、大人びた女の子として描かれます。しかし14話では、数学で赤点をとったり、弟と少しうまくいってなかったり、また後でわかる話ですが水泳でもタイムに伸び悩むなど、その全方位的な頑張りにかなり無理が出ていることがわかる。変身ベルトの件はそれを最もよく表しているエピソードでしょう。

 

さて、ベルトの件はもう少し象徴的な面からも見てみたいと思います。なぜ贈り物は変身ベルトだったのか。変身ベルトというは、もちろん、『変身』するためのものです。七咲は、言ってみれば、弟を『変身』させようとした。そしてまたこのベルトは去年のものでした。つまり七咲は『弟を去年の姿(まだ仲の良かったころの姿)に変身させようとした』と、そのように言ってみることができます。しかし相手の側に変化を促すのは、関係修復の手段としてあまりいい手ではないでしょう。実際に失敗します。すると今度は、弟の代わりとして橘君を『変身』させようとします。七咲はもともと、橘を弟と同じジャンルの人間と捉えている節がありましたが、それを強化しようとする。しかし橘君も、七咲に世話を焼かれること自体に不服はないでしょうが、『弟の代わりになれ』というこれはさすがに拒みます。そして最終的に、七咲は橘に手を引かれて自分が『変身』することになる。何に変身するかといえば、これは『子供』でしょう。家事をし、部活やボランティアをし、弟の面倒を見てきた庇護者としての七咲が、ここで、指導され、遊んでもらい、庇護される子供に変身する。

 

ところで、思い出して欲しいのですが、アマガミSSの各サブタイトルはメインタイトルになぞらえてカタカナ4文字の表記となっています。だから『ヘンシン』も実は『変身』とは限らない、少なくともその一義に縛られてはいないのです。ではなにかというと、これは『変心』、つまり心変わりでしょう。この変身イベントのあと、七咲は弟にあまり気を掛けなくなります。例えば直後の遊園地の件では『弟は風邪をひいたから』と嘘をついて弟をのけ者にする。いや、嘘とは断定できなくて、郁夫は本当に風邪なのかもしれない。しかし、そうだとしても「でも今日は母が家で看てくれているので、大丈夫だと思います」「せっかくの遊園地なんですから思いっきり楽しまないと」という七咲の声は終始明るく、そこに心配の色は見えません。そして以降、弟の話題は出なくなる。七咲の『姉』としての側面は、14話のあとはすっぱり切り落とされてしまいます。

 

まるで人が変わったように、とまで言うとレトリックが過ぎますが、七咲の『変身』が同時に変心でもあるというのは外していなかろうと思います。

 

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……さて、ここまで重要な点から目を背けたまま進めてきました。改めてサブタイトルを見てみましょう。そうです。そもそも『ヘンシン』のサブタイトルは、七咲がイナゴマスクに変身した14話ではなく、15話のものなのです。

 

イナゴマスクへの『変身ごっこ』にこれだけ拘ってしまった以上、15話における正真正銘の『変身』を無視するわけにはいきません。我々は味噌ラーメンから逃げてはいけない。とはいえヘンシンの意味が分かっている今なら、味噌ラーメンを読み解くことも難しくはないでしょう。変身が変心に通ずることは既に話しました。ではこのときも、七咲は変身によって変心した。『何か』から橘君へと心を移した、ということです。

 

そしてその答えは、直後に七咲自身の口から示されています。遊園地からの帰り、公園で缶コーヒーを飲んでいるときのセリフです。「実は私、最近部活でタイムが伸びなくて。少しストレスがたまってたんです。でもすっきりしました」これは文字通りに受け取ると『いい気分転換になった』ということですが、変身の意味がわかっているいまなら、そうではないことがわかります。七咲の中で、部活の優先度が下がったのです。それを裏書きするように、結局この年の七咲はタイムを縮められず、大会には出られませんでした。

 

『変身』したのが食べ物だったことは、まあその、橘君と「食べる」「食べられる」の関係を意識し始める切っ掛けということなんでしょう。それがどうして味噌ラーメンだったのかは未解決ですが、まあ水泳部が創設祭でおでんを出しているので、一応それとの対応と考えられなくもありません。苦しいかな。

 

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さて、これで七咲編の事がおおよそ分かったと言えるのではないでしょうか。家事に部活にと頑張ってきたものの、勉強や人間関係など無理が出てきていた七咲さんは、橘君と出会って、段階的にそれらから解放されていく。そしてその解放を象徴するのが、あの変身=変心のシーンだったのです。

 

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 ……と、これで話を結べればよかったのだけれど、そうはいかないのだ。

 

 絢辻さんがいるからです。

 

 アマガミSSをご覧になった方はご存知の通り、14話には絢辻さんと七咲が図書館で対峙するシーンがあります。このときふたりの間には謎の緊張が発生します。しかもその理由はまったく明かされない。それだけではありません。なぜ創設際で、七咲と橘君がふたりきりでおでん屋台を切り盛りしているのか。なぜ覗きをした橘君がああも簡単に水泳部に許されている感じになっているのか。そもそも何で七咲は、最初に自分からスカートをめくったのか。

 

 やっぱり私たちは七咲についてまだまだ何も知らないに等しいのです。

 

 ではまた次回、『七咲逢について考えていること 2 /僕たちの知らない七咲 』でお会いしましょう。

 

(掲載時期は未定です)