Aさんが泣いてる(バーンスタイン本の訳が酷くて)

本稿は東京堂出版の近刊ブルース・バーンスタイン著メンタルマジックUNREALを買ったものの文章が読みづらくて困っている方や、手順が再現出来ない(特に『臨床超能力』)という方のために書かれており、冒頭のこの説明的なパラグラフはそういった方が検索したときにヒットしやすいようにこそ設けられたものである。

  

 

知り合いの人がUNREALの『臨床超能力』って手順がどうなっているのかわからないと困り果てているのを目にしたのでAさんにそれってどんな手順ですかと聞いてみたところ待ってね確認してみるねという返事をもらった、のが4月の末頃の事でそれからもう3ヶ月は経とうかというのに音沙汰がなく不審に思ってAさんの家を訪ねてみるとAさんは死んでいた。

そのAさん(の死体)の曰く、面倒なところが省かれてるとかニュアンスが殺されているとか理論や台詞の意味が逆になっているくらいならともかく、いやそれも酷いけどそれ以前にそもそも手順が成立しないほどのものが来るとは想定外でこれはちょっとあまりに酷くないですか、とのことだが俺はこの時点では内容を見ていなかったので、泣きつかれても困る。

Aさんは当該トリックについて『原文:東京堂訳文:Aさん訳文』の比較資料まで作っていて、これはどうも東京堂に苦情を言うために作製したらしく、著作権侵害になりかねんのでブログで全文を上げる訳にはいきませんが、それを読ませて頂いた結論だけを申しますと確かにこれは日本語版なにを言ってるのかさっぱり判らない。酷いものだ。

さてどうしたものか。著作権侵害にもトリックのネタあかしにもなるので本来ならブログなんぞで話すのは好ましくないんだけれども、このトリックに限っては既にインターネット上にタネの話がかなり詳細に公開されてるので、Aさんに安らかに眠って貰うためにもそのリンクを張りつつ周辺の正誤をちょっと書いていきましょうか。

現象

誤:

  • 組み合わせが書かれた紙の中から、観客がランダムに1枚を選ぶ。
  • 演者も1枚選ぶ。
  • 組み合わせが一致していたら始まり。
  • 第三の観客がコインを投げる。
  • 3回投げたところで最初の勝ちが来る。
  • およそ3:1の割合で演者が勝つ。  

正:

  • 組み合わせが書かれた紙の中から、観客がランダムに1枚を選ぶ。
  • 演者は組み合わせをひとつ言う。
  • 組み合わせが一致してしまったらやり直し。
  • 第三の観客がコインを投げる。
  • コインを投げ続けて、先に自分の組み合わせが出てきた方が勝ち。
  • およそ3:1の割合で演者が勝つ。

 

詳しい原理については以下のpdfを参照してください。原著では触れられていない数理についても詳しく解説されています。

http://www.osaka-ue.ac.jp/zemi/nishiyama/math2010j/penney_j.pdf

確率のパラドックス 大阪経済大学 西山豊

 

前書き

このマジックは、予知の臨床実験といった体裁で行います。簡単に言えば、娯楽性を有しつつも、あまり知られていない方法を使って“本物”のように演出するのです。

 これは臨床的な、試験的環境の下で行うスタイルの予知能力実験です。端的に言って、エンターテイメント性を念頭においた場合、このデモンストレーションには欠けている所があります。しかし埋め合わせに、この手順はまさしく『本物』の気配を持っており、またごく少数の人にしか知られていない手法を使っています。

 

後書き

実際のところ、良い反応を得ることができます。「もしこれが本当にうまくいくなら、それで稼いだ方が良いよね!」と言う話になります。

 事実、これはとてもうまく機能しますし、事実、「超能力が使えるっていうなら、それで賭でもしてみせろよ!」と言われたときのよい対応策です。

いまや本当にしてみせる事ができますし、それによって幾ばくかの金銭を得ることが出来ます!

 

これは強い印象を与える、劇場型のマジックではありません。しかし、実践的な予言、または直接的な効果、すなわち手順からして不可能なことを成し遂げているように見せられます。

この手順はドラマチックなインパクトにあふれた力強い『劇的な』現象ではありません。しかし、真に迫って見える非常に臨床的な『実験』であり、完全に公明正大な手続きの結果を予言した―――ないし結果に影響を及ぼした―――ように見えます。

 

手法

演者が行うことは、観客が選んだ文字列の最後の文字(表表裏であれば、裏)を、文字列の最初に置いた逆配列に組み合わせで書かれた紙を選ぶことです(この場合であれば裏表表の紙を選ぶ)。

 あなたがすることは簡単です。最後の文字を消し(つまり、HHT ならT を消し)、それによって新たに最後に来た文字の『逆』を先頭に加えるのです(私たちの例で言うと、つまり結果はTHH となります)。

 

 

『単語を第一語義で直訳し、ややこしいところは省き、内容の確認もしていないという様相ですけれど聞いたところによると訳者の方の英語力は私なんぞより遙かに高そうなので〆切が尋常じゃなく厳しかったか辞書無し聞き起こしリアルタイム一発翻訳にチャレンジしたか家族でも人質に取られていたというのが妥当な所ではないでしょうか。監修の方と出版社の方は訳者に全幅の信頼を寄せていたんでしょうたぶん。』

そうかもしれませんがひょっとしてAさんそんなノリで交渉したんですか。

それでもAさんによると東京堂はいちおう返事をくれて2版で直してくれるらしく、まあこのトリックに関してはそれで救われるかもしれませんが他のうずたかい誤訳の山は2版で直るんでしょうかねそもそも2版なんて出るのかしらね。

Bernsteinのファンを任じているAさんは非常に嘆き悲しんでおり、他にもここがどうにも判らないどうにも意味がおかしいって所があったら聞いてくれたら草葉の陰からそっと教えてくれるそうです。あのひと色々な原稿で忙しい筈じゃあとも思いますし、なにより死んでるんですが、ご本人が聞いてくれと言ってるんでどしどし聞くとよいと思います。返事がいつになるかは僕はちょっと保証しかねますけれども。


追記

他にAさんが見せてくれた面白誤訳をひとつ。 

彼から聞いた話のなかでも、特に忘れられない工ピソードがあります。あるとき、彼が目を輝かせながら、やや恥ずかしそうにアル・コーランの新しい本が入荷したか訊いてきました。私が「ありますよ」と答えると、彼の笑みが少し増し、そのコピーを貰っても良いかと尋ねてきました。

――メンタルマジック UNREAL p. 322

お店に来て開口一番「新刊ある? コピー貰えない?」とか本当にあった怖い客コピペかよ、ってエピソードに見えちゃいますがここでのcopyってのはいわゆるカタカナの『コピー(複製)』ではなくて、一部とか一冊という意味ですな。それから出だしですが、「彼から聞いた話のなかで」のはずなのに『私』も登場人物で出てくるのでおかしい。Aさんの正誤表によると正しくはこう。 

彼とは多くの思い出を分かち合っていますが、なかでも際立っているものがあります。ある日Georgeが目を輝かせ、恥ずかしそうな笑みを浮かべて、Al Koranの新刊は入荷してるかと尋ねてきました。私はあると答えました。彼は笑みをさらに少し大きくして、一部持ってきてくれないかと言いました。 

 

追記2

Aさんはさもバーンスタインのファンかのごとく振る舞っているがその実UNREALはわりと最初の方で積んぢまってるのである。いやだってただでさえ読みにくいのに、予言系の章に入ったら内容もいまいちになっちゃて、とは本人の弁。ただ読心術の章はめちゃくちゃ面白いですよってさ。